百人一首 現代語訳・意味・読み上げ





1  

秋の田のかりほの庵の苫をあらみ わが衣手は露にぬれつつ

天智天皇

あきのたのかりほのいほのとまをあらみ わかころもてはつゆにぬれつつ
秋の田のほとりに立てられた仮の小屋は、屋根の苫の網の目があらいので、私の袖は夜露でぬれてしまっているよ


2  

春過ぎて夏来にけらし白妙の 衣干すてふ天の香具山

持統天皇

はるすきてなつきにけらししろたへの ころもほすてふあまのかくやま
いつの間にか春が過ぎてしまって夏が来てしまったらしい、白妙の衣を干すという天の香具山に


3  

あしびきの山鳥の尾のしだり尾の ながながし夜をひとりかも寝む

柿本人麻呂

あしひきのやまとりのをのしたりをの なかなかしよをひとりかもねむ
山鳥の長く垂れ下がっている尾のような長い秋の夜を、恋する人と離れてただ独りさびしく寝ることよ


4  

田子の浦にうち出でて見れば白妙の 富士の高嶺に雪は降りつつ

山辺赤人

たこのうらにうちいててみれはしろたへの ふしのたかねにゆきはふりつつ
田子の浦に出て風景を眺めると、真っ白な富士の高い峰にいままさに雪が降り続いているよ


5  

奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の 声聞く時ぞ秋は悲しき

猿丸大夫

おくやまにもみちふみわけなくしかの こゑきくときそあきはかなしき
さびしい奥山でもみじを踏み分けながら妻を思って鳴く鹿の声がする。その声を聞くととりわけ秋の悲しさが感じられるよ


6  

鵲の渡せる橋に置く霜の 白きを見れば夜ぞ更けにける

中納言家持

かささきのわたせるはしにおくしもの しろきをみれはよそふけにける
天の川にかかるというかささぎの橋。その橋の霜で真っ白なのをみていると、すっかり夜も更けたのだなあ


7  

天の原ふりさけ見れば春日なる 三笠の山に出でし月かも

安倍仲麿

あまのはらふりさけみれはかすかなる みかさのやまにいてしつきかも
大空を見渡してみると美しい月が出ている。あの月は故郷の三笠の山に出ていた月とおなじものなのだなあ


8  

わが庵は都の辰巳しかぞ住む 世をうぢ山と人はいふなり

喜撰法師

わかいほはみやこのたつみしかそすむ よをうちやまとひとはいふなり
私の庵は都の東南にあり、心静かに暮らしている。それなのに世間の人は世をわずらわしいと思ってここに住んでいるといっているようだ


9  

花の色は移りにけりないたづらに わが身世にふるながめせしまに

小野小町

はなのいろはうつりにけりないたつらに わかみよにふるなかめせしまに
美しい桜の花も春の長雨が降っていた間にすっかり色あせてしまった。私も恋の悩みや物思いにふけっていた間に美貌はずいぶん衰えてしまったなあ


10  

これやこの行くも帰るも別れては 知るも知らぬもあふ坂の関

蝉丸

これやこのゆくもかへるもわかれては しるもしらぬもあふさかのせき
これがあの東国に下る人も都へ上がる人も知り合い同士もそうでない人も皆が行き交う逢坂の関なんだ


11  

わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと 人には告げよ海人の釣船

参議篁

わたのはらやそしまかけてこきいてぬと ひとにはつけよあまのつりふね
大海原に数多くの島々を縫うようにして船を漕ぎ出して出て行ったと、都にいる恋しい人にだけは告げてくれよ、海人の釣り人よ


12  

天つ風雲の通ひ路吹きとぢよ 乙女の姿しばしとどめむ

僧正遍昭

あまつかせくものかよひちふきとちよ をとめのすかたしはしととめむ
そら吹く風よ。舞姫が天上と地上とを行き交う雲の道を閉じてくれ。この美しい天女たちの姿をもう少しとどめておきたいと思うから


13  

筑波嶺の峰より落つるみなの川 恋ぞ積もりて淵となりぬる

陽成院

つくはねのみねよりおつるみなのかわ こひそつもりてふちとなりぬる
つくば山の峰から落ちるみなの川が積もり積もって深い淵になるように、私の恋心もほのかな思いから淵のように深い思いになってしまった


14  

陸奥のしのぶもぢずりたれゆえに 乱れそめにしわれならなくに

河原左大臣

みちのくのしのふもちすりたれゆゑに みたれそめにしわれならなくに
陸奥の信夫で作られる「しのぶ摺り」の乱れ模様のように、私の心はしのぶ思いに乱れています。誰のせいなんでしょうか?ほかならぬあなたのためにです。



15  

君がため春の野に出でて若菜摘む わが衣手に雪は降りつつ

光孝天皇

きみかためはるののにいててわかなつむ わかころもてにゆきはふりつつ
あなたに差し上げようと春の野に出て若菜を摘んでいる私の袖に雪がしきりに降りかかっています


16  

立ち別れいなばの山の峰に生ふる まつとし聞かば今帰り来む

中納言行平

たちわかれいなはのやまのみねにおふる まつとしきかはいまかへりこむ
あなたと別れて因幡の国へ行きますが、因幡山の峰に生えている「松」という言葉のようにあなたが私を待つと聞いたなら、すぐにでも私は帰るでしょう


17  

ちはやぶる神代も聞かず竜田川 からくれなゐに水くくるとは

在原業平朝臣

ちはやふるかみよもきかすたつたかは からくれなゐにみつくくるとは
不思議なことが多かった神代にも聞いたことがない。竜田川が美しい紅色にくくり染めにするなどということは


18  

住の江の岸に寄る波よるさへや 夢の通ひ路人目よくらむ

藤原敏行朝臣

すみのえのきしによるなみよるさへや ゆめのかよひちひとめよくらむ
住の江の騎士に寄る波の「よる」という言葉ではないが、どうして昼ばかりか夜までもあなたは夢の中ですら人目を避けようとするのでしょうか


19  

難波潟短き蘆のふしの間も 逢はでこの世を過ぐしてよとや

伊勢

なにはかたみしかきあしのふしのまも あはてこのよをすくしてよとや
難波潟の芦の短い節のようなほんの短い間さえあなたに会わずにこのまますごしてゆけというのですか


20  

わびぬれば今はたおなじ難波なる みをつくしても逢はむとぞ思ふ

元良親王

わひぬれはいまはたおなしなにはなる みをつくしてもあはむとそおもふ
うわさが立ってしまってはもう身を捨てたも同じです。それならいっそのこと難波にあるみおつくしという名のように、身を滅ぼしてもあなたに会いたいのです


21  

今来むといひしばかりに長月の 有明の月を待ち出でつるかな

素性法師

いまこむといひしはかりになかつきの ありあけのつきをまちいてつるかな
すぐ行きます。というあなたの言葉を信じて待っていましたが、あなたは来ず、町もしない九月の夜遅く明け方に出る月を待つことになってしまった。


22  

吹くからに秋の草木のしをるれば むべ山風をあらしといふらむ

文屋康秀

ふくからにあきのくさきのしをるれは むへやまかせをあらしといふらむ
山から吹きおろす風はすぐに草木をしおれさせる。なるほど、だから、山から吹き降ろす風を嵐といい、野をあらす「あらし」というのだろう


23  

月見ればちぢにものこそ悲しけれ わが身ひとつの秋にはあらねど

大江千里

つきみれはちちにものこそかなしけれ わかみひとつのあきにはあらねと
月を見ているとなんだかいろいろもの悲しく感じられる。私一人のためにきた秋ではないのに


24  

このたびは幣も取りあへず手向山 紅葉の錦神のまにまに

菅家

このたひはぬさもとりあへすたむけやま もみちのにしきかみのまにまに
今回の旅は急なことだったので前もって(神に祈るときにささげる)幣(ぬさ)の準備もできませんでした。神よ、手向山の錦のように美しい紅葉を手向けの幣として、御心のままにお受け取りください


25  

名にし負はば逢う坂山のさねかずら 人に知られで来るよしもがな

三条右大臣

なにしおははあふさかやまのさねかつら ひとにしられてくるよしもかな
「逢坂山のさねかずら」の名前のとおり、逢って寝られるという意味を持っているのならその「さねかづら」を手繰るようにして人に知られずあなたをたずねてみたい


26  

小倉山峰の紅葉葉心あらば いまひとたびのみゆき待たなむ

貞信公

をくらやまみねのもみちはこころあらは いまひとたひのみゆきまたなむ
小倉山に紅葉葉よ、もしお前に心があるならば、もう一度天皇の行幸があるはずだから、それまで散らないで待っておいてくれ


27  

みかの原わきて流るるいづみ川 いつ見きとてか恋しかるらむ

中納言兼輔

みかのはらわきてなかるるいつみかは いつみきとてかこひしかるらむ
みかの原から湧いて流れるという「いづみ川」、その名前のようにいつ見たというのだろうか、こんなにも恋しいなんて


28  

山里は冬ぞ寂しさまさりける 人目も草もかれぬと思へば

源宗于朝臣

やまさとはふゆそさびしさまさりける ひとめもくさもかれぬとおもへは
山里はとりわけ冬がさびしく感じられるようだ。人も訪ねてこないし、草木も枯れてしまうと思うと。


29  

心あてに折らばや折らむ初霜の 置きまどはせる白菊の花

凡河内躬恒

こころあてにおらはやおらむはつしもの おきまとはせるしらきくのはな
祈るならば、あて推量に祈ってみようか、真っ白に初霜が降りたなか、その白さと菊の白さが見分けがつかなくなっている白菊の花を


30  

有明のつれなく見えし別れより 暁ばかり憂きものはなし

壬生忠岑

ありあけのつれなくみえしわかれより あかつきはかりうきものはなし
有明の月が女との別れのときにそ知らぬ顔して空にかかっているのを見て以来、暁ほどつらく悲しいものはないようになった。


31  

朝ぼらけ有明の月と見るまでに 吉野の里に降れる白雪

坂上是則

あさほらけありあけのつきとみるまてに よしののさとにふれるしらゆき
ほのぼのと夜が明けるころ、空に残っている有明の月の光が降り注いでいるかと思うほど、白々と吉野の里に雪が降り積もっている


32  

山川に風のかけたるしがらみは 流れもあへぬ紅葉なりけり

春道列樹

やまかはにかせのかけたるしからみは なかれもあへぬもみちなりけり
山の中の小川に風がかけたしがらみ(柵のこと)は、流れきれずたまっている紅葉であった


33  

ひさかたの光のどけき春の日に しづ心なく花の散るらむ

紀友則

ひさかたのひかりのとけきはるのひに しつこころなくはなのちるらむ
日の光がのどかにさす春の日に、どうして落ち着いた心もなく桜の花は散ってしまうのだろうか


34  

誰をかも知る人にせむ高砂の 松も昔の友ならなくに

藤原興風

たれをかもしるひとにせむたかさこの まつもむかしのともならなくに
いったい誰を心の許せるともとしたらいいのだろうか。あの高砂の松でさえも昔からの友ではないのに。



35  

人はいさ心も知らずふるさとは 花ぞ昔の香に匂ひける

紀貫之

ひとはいさこころもしらすふるさとは はなそむかしのかににほひける
人の心は変わりやすいものだから、今のあなたの気持ちはわかりません。しかし、この昔馴染みの里の梅だけは昔のままの懐かしい香りがします。


36  

夏の夜はまだ宵ながら明けぬるを 雲のいずこに月宿るらむ

清原深養父

なつのよはまたよひなからあけぬるを くものいつこにつきやとるらむ
夏の夜は短くてまだ宵のうちと思っていたら白々としてきた。西の山に行き着く暇のなかった月は雲のどこへ隠れたのだろう


37  

白露に風の吹きしく秋の野は つらぬきとめぬ玉ぞ散りける

文屋朝康

しらつゆにかせのふきしくあきののは つらぬきとめぬたまそちりける
秋の野の草の上に結ばれた白露は、風が吹くと散って、その様子は糸でつらぬきとめていない玉が散り乱れるようだ。


38  

忘らるる身をば思はず誓ひてし 人の命の惜しくもあるかな

右近

わすらるるみをはおもはすちかひてし ひとのいのちのをしくもあるかな
あなたに忘れられる悲しさはなんとも思いません。けれども、神に誓いになったあなたの命が神罰で失われるのではと惜しまれてなりません


39  

浅茅生の小野の篠原忍ぶれど あまりてなどか人の恋しき

参議等

あさちふのをののしのはらしのふれと あまりてなとかひとのこひしき
丈の低い茅(ちがや)が生えている小野の篠原。その「しの」というとおり忍びに忍んできたけれど耐えられない、どうしてあなたがこんなに恋しいのだろう


40  

忍ぶれど色に出でにけりわが恋は ものや思ふと人の問ふまで

平兼盛

しのふれといろにいてにけりわかこひは ものやおもふとひとのとふまて
誰にも知られないように心に秘めて恋していたのだが、恋心が顔に出てしまったようだ。何か物思いしているのですかと人に問われるほどに


41  

恋すてふわが名はまだき立ちにけり 人知れずこそ思ひそめしか

壬生忠見

こひすてふわかなはまたきたちにけり ひとしれすこそおもひそめしか
恋をしているという評判が世間にひろまった。誰にも知られないようにひそかに心のうちだけで思いはじめたばかりなのに


42  

契りきなかたみに袖をしぼりつつ 末の松山波越さじとは

清原元輔

ちきりきなかたみにそてをしほりつつ すゑのまつやまなみこさしとは
二人は固く約束しましたよね。おたがいに涙にぬれた袖を絞りながら、あの末の松山を決して波が越えないようにどんなことがあっても二人の仲はかわらないと


43  

逢ひ見てののちの心にくらぶれば 昔はものを思はざりけり

権中納言敦忠

あひみてののちのこころにくらふれは むかしはものをおもはさりけり
あなたに実際に会って契りを結んだ後の切ない気持ちに比べれば、逢わない前の物思いなどなんでもないものでしたよ


44  

逢ふことの絶えてしなくはなかなかに 人をも身をも恨みざらまし

中納言朝忠

あふことのたえてしなくはなかなかに ひとをもみをもうらみさらまし
もし逢うことがまったくなかったら、相手の無情やわが身のつらさを恨んだりすることもないだろうに


45  

あはれともいふべき人は思ほえで 身のいたずらになりぬべきかな

謙徳公

あはれともいふへきひとはおもほえて みのいたつらになりぬへきかな
かわいそうだといってくれそうな人は誰も思い浮かばないまま、思いこがれながら私はむなしく死んでしまうでしょうよ


46  

由良の門を渡る舟人かぢを絶え ゆくへも知らぬ恋のみちかな

曾禰好忠

ゆらのとをわたるふなひとかちをたえ ゆくへもしらぬこひのみちかな
由良の迫門(せと)を漕ぎ渡る舟人がかいをなくして行方もわからず流されてしまうように、どうなって行くのかわからない私の恋の道だ


47  

八重むぐら茂れる宿の寂しきに 人こそ見えね秋は来にけり

恵慶法師

やへむくらしけれるやとのさひしきに ひとこそみえねあきはきにけり
幾重にも葎(むぐら・つる性の雑草)が生い茂るこのさびしい宿に、人は誰も訪ねてこないが、秋だけはやってきたなあ


48  

風をいたみ岩打つ波のおのれのみ くだけてものを思ふころかな

源重之

かせをいたみいはうつなみのおのれのみ くたけてものをおもふころかな
風が激しいので岩に当たる波が一人砕けるように、私も心も乱れて物思いするこのごろだ


49  

御垣守衛士のたく火の夜は燃え 昼は消えつつものをこそ思へ

大中臣能宣朝臣

みかきもりゑしのたくひのよるはもえ ひるはきえつつものをこそおもへ
宮中の門を守る衛士のたくかがり火が、夜は燃え昼には消えるように、私の恋心も夜は恋しさに燃え、昼は消え入るように物思いに沈んでしる


50  

君がため惜しからざりし命さへ 長くもがなと思ひけるかな

藤原義孝

きみかためおしからさりしいのちさへ なかくもかなとおもひけるかな
あなたに会うためなら死んでも惜しくはないと思っていましたが、逢って帰った今では長くあってほしいものだと思うようになった


51  

かくとだにえやは伊吹のさしも草 さしも知らじな燃ゆる思ひを

藤原実方朝臣

かくとたにえやはいふきのさしもくさ さしもしらしなもゆるおもひを
これほど思い焦がれているのに言うことができないのだから、伊吹山のさしも草のように、燃えるような思いをあなたは知らないのでしょうね


52  

明けぬれば暮るるものとは知りながら なほ恨めしき朝ぼらけかな

藤原道信朝臣

あけぬれはくるるものとはしりなから なほうらめしきあさほらけかな
夜が明ければやがて日暮れが来ることは知っていますが、(あなたと別れなくてはいけないので)恨めしいあさぼらけだ


53  

嘆きつつひとり寝る夜の明くる間は いかに久しきものとかは知る

右大将道綱母

なけきつつひとりぬるよのあくるまは いかにひさしきものとかはしる
あなたが来ないことを嘆きながら一人で寝る夜があけるまでの時間がどんなに長いものか、あなたにお分かりでしょうか、わからないでしょう


54  

忘れじのゆく末まではかたければ 今日を限りの命ともがな

儀同三司母

わすれしのゆくすゑまてはかたけれは けふをかきりのいのちともかな
あなたは私のことを忘れないとおっしゃるけれど、遠い将来まで続くかどうかはむずかしいので、そうおっしゃる今日を最後とする命とあってほしいと思う



55  

滝の音は絶えて久しくなりぬれど 名こそ流れてなほ聞こえけれ

大納言公任

たきのおとはたえてひさしくなりぬれと なこそなかれてなほきこえけれ
滝の音が絶えてからずいぶん長い時間がたったが、その評判は今もなお聞こえている


56  

あらざらむこの世のほかの思ひ出に いまひとたびの逢ふこともがな

和泉式部

あらさらむこのよのほかのおもひてに いまひとたひのあふこともかな
私は病気でまもなくこの世を去ると思いますが、思い出としてせめて、もう一度、あなたに会いたいと思っています


57  

めぐり逢ひて見しやそれとも分かぬ間に 雲隠れにし夜半の月影

紫式部

めくりあひてみしやそれともわかぬまに くもかくれにしよはのつきかけ
見たのは月であったのかそれすらわからないうちに雲隠れした夜半の月。あなたはそれと同じくらいあっというまに帰ってしまいましたね


58  

有馬山猪名の笹原風吹けば いでそよ人を忘れやはする

大弐三位

ありまやまゐなのささはらかせふけは いてそよひとをわすれやはする
有馬山に近い猪名の笹原に風が吹くとそよそよと音がします、さて、そのことです。私はあなたのことをどうして忘れられるでしょうか


59  

やすらはで寝なましものをさ夜更けて かたぶくまでの月を見しかな

赤染衛門

やすらはてねなましものをさよふけて かたふくまてのつきをみしかな
きていただけないことがわかっていたのなら、ためらわず寝ていたでしょうに。待っている間にとうとう夜が更けて月が西に傾くまで見てしまいました


60  

大江山いく野の道の遠ければ まだふみも見ず天の橋立

小式部内侍

おほえやまいくののみちのとほけれは またふみもみすあまのはしたて
大江山を越えて、生野を通っていく道は遠いので、天の橋立の地を踏んでみたこともありませんし、まだ母からの手紙も見ていません


61  

いにしへの奈良の都の八重桜 けふ九重に匂ひぬるかな

伊勢大輔

いにしへのならのみやこのやへさくら けふここのへににほひぬるかな
昔のならの都で咲いていた八重桜が、今日はこの九重の宮中で色美しく咲きほこっています。


62  

夜をこめて鳥のそら音ははかるとも よに逢坂の関は許さじ

清少納言

よをこめてとりのそらねははかるとも よにあふさかのせきはゆるさし
夜の明けないうちに鳥の鳴き声をまねてだまそうとしても、函谷関ならともかく、あなたのわたしの間の逢坂の関は決して通ることを許さないでしょう


63  

今はただ思ひ絶えなむとばかりを 人づてならでいふよしもがな

左京大夫道雅

いまはたたおもひたえなむとはかりを ひとつてならていふよしもかな
今はもうあなたのことをあきらめてしまおう、ということだけを、人づてでなく直接あなたに伝える方法があればいいのに


64  

朝ぼらけ宇治の川霧たえだえに あらはれわたる瀬々の網代木

権中納言定頼

あさほらけうちのかはきりたえたえに あらはれわたるせせのあしろき
冬の夜が白々と明けるころ、宇治川の川面に立ち込めた朝霧が途切れ途切れになりその間に川瀬の網代木がつぎつぎと現れている


65  

恨みわび干さぬ袖だにあるものを 恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ

相模

うらみわひほさぬそてたにあるものを こひにくちなむなこそをしけれ
あの人が連れないことをうらみ涙に濡れて乾く暇がない袖が朽ちてしまうのも悔しいのに、この恋のために浮き名で朽ちてしまうわが名が惜しいのです


66  

もろともにあはれと思え山桜 花よりほかに知る人もなし

前大僧正行尊

もろともにあはれとおもへやまさくら はなよりほかにしるひともなし
私がお前を懐かしく思うように、お前も懐かしく思ってくれ、山桜よ。こんな山奥にいる今は、お前しか私の心を知る人はいないのだから


67  

春の夜の夢ばかりなる手枕に かひなく立たむ名こそをしけれ

周防内侍

はるのよのゆめはかりなるたまくらに かひなくたたむなこそをしけれ
短い春の夜の夢のようなはかない戯れの手枕のためにつまらなくたつであろう浮き名が口惜しい。


68  

心にもあらで憂き夜に長らへば 恋しかるべき夜半の月かな

三条院

こころにもあらてうきよになからへは こひしかるへきよはのつきかな
思いがけずこのつらい世の中に生きながらえることがあれば、この美しい月のことをきっと恋しく思い出すだろう


69  

嵐吹く三室の山のもみぢ葉は 竜田の川の錦なりけり

能因法師

あらしふくみむろのやまのもみちはは たつたのかはのにしきなりけり
嵐の吹きさらす三室の山のもみじ葉は、竜田川の水面で錦のように美しい


70  

寂しさに宿を立ち出でてながむれば いづくも同じ秋の夕暮れ

良暹法師

さひしさにやとをたちいててなかむれは いつくもおなしあきのゆふくれ
あまりの寂しさに庵を出て辺りを見回しても、どこも同じさびしい秋の夕暮れだった。


71  

夕されば門田の稲葉訪れて 蘆のまろ屋に秋風ぞ吹く

大納言経信

ゆうされはかとたのいなはおとつれて あしのまろやにあきかせそふく
夕方になると門の前の田の稲葉をそよそよと音を立てさせる秋風が、この芦葺きの田舎家に、さびしく吹き訪れる


72  

音に聞く高師の浜のあだ波は かけじや袖のぬれもこそすれ

祐子内親王家紀伊

おとにきくたかしのはまのあたなみは かけしやそてのぬれもこそすれ
うわさに聞く高師の浜のいたずらに立つ波に袖が濡れないように、浮気で有名なあなたに気をつけないと、涙で袖をぬらすことになってしまうでしょう


73  

高砂の尾の上の桜咲きにけり 外山のかすみ立たずもあらなむ

前権中納言匡房

たかさこのをのへのさくらさきにけり とやまのかすみたたすもあらなむ
はるかかなたの高い山の峰に桜が咲いたなあ。里近い山の霞よ、花が見えなくなるので、どうか立たないでおくれ


74  

憂かりける人を初瀬の山おろしよ 激しかれとは祈らぬものを

源俊頼朝臣

うかりけるひとをはつせのやまおろしよ はけしかれとはいのらぬものを
つれない人が私になびくように初瀬観音に祈りはしたけれど、初瀬の山おろしよ、お前のように、つらく激しくなるようにはいのらなっかたのに



75  

契りおきしさせもが露を命にて あはれ今年の秋もいぬめり

藤原基俊

ちきりおきしさせもかつゆをいのちにて あはれことしのあきもいぬめり
約束してくださった恵みの露のような「させも草」の古歌を頼りに生きてきたのに、今年の秋もむなしく過ぎ去っていきます


76  

わたの原漕ぎ出でて見ればひさかたの 雲居にまがふ沖つ白波

法性寺入道前関白太政大臣

わたのはらこきいててみれはひさかたの くもゐにまかふおきつしらなみ
広々とした海上に船をこぎ出してはるかかなたをながめると、雲と見違えるばかりに白波が立っている


77  

瀬をはやみ岩にせかるる滝川の われても末に逢はむとぞ思ふ

崇徳院

せをはやみいわにせかるるたきかはの われてもすゑにあはむとそおもふ
川瀬の流れがはやく、岩にせき止められてた川の水が二つに分かれても、末にはひとつになるように、あなたと分かれてもまた逢おうと思う


78  

淡路島通ふ千鳥の鳴く声に いく夜寝覚めぬ須磨の関守

源兼昌

あはちしまかよふちとりのなくこゑに いくよねさめぬすまのせきもり
淡路島から海を渡ってくる千鳥のもの悲しく鳴く声のために幾度目も目を覚ましたであろう、須磨の関守は


79  

秋風にたなびく雲のたえ間より 漏れ出づる月の影のさやけさ

左京大夫顕輔

あきかせにたなひくくものたえまより もれいつるつきのかけのさやけさ
秋風にたなびいている雲の切れ間からもれて出てくる月の光のなんという澄み切った明るさだろう


80  

ながからむ心も知らず黒髪の 乱れてけさはものをこそ思へ

待賢門院堀河

なかからむこころもしらすくろかみの みたれてけさはものをこそおもへ
あなたの心が末永く変わらないかはわかりません。分かれた今朝は黒髪が乱れているように、心も乱れ物思いに沈んでいます


81  

ほととぎす鳴きつる方をながむれば ただ有明の月ぞ残れる

後徳大寺左大臣

ほとときすなきつるかたをなかむれは たたありあけのつきそのこれる
ホトトギスが鳴いたほうを眺めると、その姿はなく、ただ有明の月だけが残っているよ


82  

思ひわびさても命はあるものを 憂きに堪へぬは涙なりけり

道因法師

おもひわひさてもいのちはあるものを うきにたへぬはなみたなりけり
つれない人を思い嘆き悲しんでいるが、それでもやはり命はながらえているのに、つらさで耐え切れないのは落ちてくる涙なのだ


83  

世の中よ道こそなけれ思ひ入る 山の奥にも鹿ぞ鳴くなる

皇太后宮大夫俊成

よのなかよみちこそなけれおもひいる やまのおくにもしかそなくなる
世の中にはつらさから逃れる方法はないのだ。深く思いつめて入ったこの山奥にも鹿が悲しげに鳴いている


84  

長らへばまたこのごろやしのばれむ 憂しと見し世ぞ今は恋しき

藤原清輔朝臣

なからへはまたこのころやしのはれむ うしとみしよそいまはこひしき
これから先、生きながらえたのならば、今のつらさが懐かしく思い出されるのだろうか。この世をつらいと思った昔が今は恋しく感じられるのだから


85  

夜もすがらもの思ふころは明けやらぬ ねやのひまさへつれなかりけり

俊恵法師

よもすからものおもふころはあけやらぬ ねやのひまさへつれなかりけり
一晩中、恋人のつれなさを恨んで物思いに沈んでいるこのごろは、なかなか朝日を運んでこない寝室の戸の隙間まで無常に思える


86  

嘆けとて月やはものを思はする かこちがほなるわが涙かな

西行法師

なけけとてつきやはものをおもはする かこちかほなるわかなみたかな
嘆けと月が物思いをさせるのであろうか、そうではなく、恋のためなのに、まるで月のせいであるかのように流れる涙である


87  

村雨の露もまだ干ぬまきの葉に 霧立ちのぼる秋の夕暮

寂蓮法師

むらさめのつゆもまたひぬまきのはに きりたちのほるあきのゆふくれ
村雨が通り過ぎその露がまだ乾かない槇の葉あたりに、霧がほの白く立ち上っている物悲しい秋の夕暮れだ


88  

難波江の蘆のかりねのひとよゆゑ 身を尽くしてや恋ひわたるべき

皇嘉門院別当

なにはえのあしのかりねのひとよゆゑ みをつくしてやこひわたるへき
難波の入り江の蘆の刈り根の一節のような短い一夜の契りのために、生涯を尽くして恋い続けることになるのでしょうか


89  

玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば 忍ぶることの弱りもぞする

式子内親王

たまのをよたえなはたえねなからへは しのふることのよはりもそする
わが命よ。もう絶えるなら絶えてしまえ。このまま生きながらえると心をひとつにして隠す力が弱まって、思いが外に漏れそうであるよ


90  

見せばやな雄島の海人の袖だにも 濡れにぞ濡れし色は変はらず

殷富門院大輔

みせはやなをしまのあまのそてたにも ぬれにそぬれしいろはかはらす
涙で色まで変わった私の袖をお見せいたしたい。あの松島の雄島の漁夫の袖と濡れ方は同じだけれど、色が変わったりしないのに


91  

きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに 衣かたしきひとりかも寝む

後京極摂政前太政大臣

きりきりすなくやしもよのさむしろに ころもかたしきひとりかもねむ
こおろぎが鳴く霜の降りる寒々とした寝むしろに、衣の片袖を敷いて私はただ独り寝るのであろうか


92  

わが袖は潮干に見えぬ沖の石の 人こそ知らねかわく間もなし

二条院讃岐

わかそてはしほひにみえぬおきのいしの ひとこそしらねかわくまもなし
私の袖は潮が引いたときも海中に隠れて見えない沖の石のように、誰も知らないでしょうがいつも恋の涙で乾く暇がありません


93  

世の中は常にもがもな渚漕ぐ 海人の小舟の綱手かなしも

鎌倉右大臣

よのなかはつねにもかもななきさこく あまのおふねのつなてかなしも
世の中は永遠に変わってほしくないものだ。海辺をこぐ海人の小舟の綱手を引いてゆくさまにしみじみと心が動かされる


94  

み吉野の山の秋風さよ更けて ふるさと寒く衣打つなり

参議雅経

みよしののやまのあきかせさよふけて ふるさとさむくころもうつなり
吉野の山から秋風が吹き降ろしてくる夜更け、古の都である吉野の里は寒々としていて衣を打つ砧の音が聞こえてくる



95  

おほけなく憂き世の民におほふかな わが立つ杣にすみ染の袖

前大僧正慈円

おほけなくうきよのたみにおほふかな わかたつそまにすみそめのそて
身の程しらずながら仏法の師としてこの憂き世の民に覆いかけよう。比叡山に住みはじめて身に着けているこの墨染めの袖を


96  

花さそふ嵐の庭の雪ならで ふりゆくものはわが身なりけり

入道前太政大臣

はなさそふあらしのにはのゆきならて ふりゆくものはわかみなりけり
桜の花を誘って吹き散らす嵐の庭に真っ白に降りゆくものは、花吹雪ではなくわが身であった


97  

来ぬ人を松帆の浦の夕なぎに 焼くや藻塩の身もこがれつつ

権中納言定家

 
こぬひとをまつほのうらのゆふなきに やくやもしほのみもこかれつつ
いくら待っても来ない恋人を待つ私の身は、松帆の浦の夕凪の海辺で焼く藻塩のように、私の身は恋焦がれています。


98  

風そよぐ楢の小川の夕暮は 御禊ぞ夏のしるしなりける

従二位家隆

かせそよくならのをかはのゆふくれは みそきそなつのしるしなりける
風がそよそよと楢の葉に吹きそよぐならの小川の夕暮れは、六月祓(みなづきばらえ)の禊だけが、夏であることを告げるしるしである


99  

人も愛し人も恨めしあじきなく 世を思ふゆゑにもの思ふ身は

後鳥羽院

ひともをしひともうらめしあちきなく よをおもふゆゑにものおもふみは
あるときは人を愛しく思い、あるときは恨めしく思う。世の中を味気なく思うことから、いろいろとものを思う、私は


100  

百敷や古き軒端のしのぶにも なほ余りある昔なりけり

順徳院

ももしきやふるきのきはのしのふにも なほあまりあるむかしなりけり
この宮廷の古く荒れた軒端に生えている忍草を見るにつけてもいくら忍んでも忍びつくせない恋しい昔の御世である